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最高裁判所第一小法廷 昭和29年(オ)38号 判決

主文

原判決を破棄し、本件を名古屋高等裁判所に差し戻す。

理由

職権で調査すると、仮差押は、本案判決に基ずく金銭の債権に付ての強制執行を保全するためになされるものであり(民訴七三七条)、裁判手続と執行手続とに区分される。それは、本案の執行前あらかじめその執行の目的物たるべき債務者の財産を確保せんとしてなす保全執行手続と、その保全執行において債務名義となるべき仮差押命令を成立せしめる裁判手続とであるが、それは丁度強制執行手続と判決手続の関係と同様に、両者は全く別個独立の手続であり、単に同一手続内における段階上の差異をなすに止まるものではない。民訴法は主として保全執行の債務名義たる仮差押命令を「仮差押」というているけれど(民訴七三八条、七四〇条、七四一条、七四二条、七四五条二項、七四七条等参照)、時に保全執行そのものをも仮差押ということがあり(民訴七五四条二項、四項参照)、用語上混淆を招く嫌いがないではないが、法文の序列上は裁判手続については七三七条ないし七四七条で、執行手続については七四八条ないし七五四条でそれぞれの規定を設け、截然と両者の区別を明らかにしている。民訴七四〇条にいわゆる仮差押の申請はこの裁判手続によつて仮差押命令の発せられんことを求める保全訴訟における訴の申立に外ならないのであり、従つてこれによつて開始される訴訟手続においては、仮差押命令をなすべきか否か、言いかえれば仮差押命令を発すべき要件の存否、すなわち本案たる請求と、保全手続を必要たらしむべき事由たる仮差押の理由の有無等が審理されるに止まる。七四四条の異議は仮差押命令が口頭弁論を経ず決定を以てなされた場合において同一申請事件の継続として更に慎重なる再調査を求めるに過ぎないものであり、また七四七条の取消の申立は既に成立した仮差押命令につき仮差押の理由が消滅したとかその他事情の変更があつた場合等において当該仮差押命令の取消を求めて新な裁判手続の開始を請求するものではあるが、そのいずれの場合においても執行手続には関係がなくこれが当否というが如き事項は審判の対象とさるべきものではない。しかるに、保全執行手続については七四九条以下の規定により差異を生ずる場合の外は、強制執行に関する規定が準用さるべきものとされているのであり(民訴七四八条)、そして法律は金銭債権についての強制執行において執行の目的たるべき債務者の財産が債務名義で特定されていることを要請してはいない。わが実務上の慣例によれば、この種債務名義中最も重要な給付判決においても、ただ金銭債権が確定され、金銭の支払が命ぜられているだけで、執行の目的財産に関する事項としては、その債務が有限責任である場合にその旨が明示されているに過ぎない。それは元来強制執行は債務に対する責任を追及する手続であり、そして金銭債務を負担するものは、特に有限責任を負う場合の外は一般にその全財産を以てこれが弁済に充つべき無限責任を負うものであるから、この一般的場合は当然の事理として特に債務名義にこれを掲記する必要なきものとし、ただ例外的場合に関してのみその制限を記載すべきものとしたのである。それ故債権者はかかる特別制限の記載なき債務名義によれば、原則として債務者のいずれの財産に対し強制執行の申立をなすべきかこれが選択の自由を有するのである。従つて執行の目的たる財産が特定するのは、債権者の申立により現実に執行手続が実施されんとするときである。すなわち有体動産については執行機関たる執行吏において債務者の占有等によりその所有に属し責任財産と認められるものに対し差押をするのであり、債権その他の財産権については、執行裁判所において債権者の申立に従い特定の財産権に対して差押命令を発する等の措置に出でるのであり、また不動産についても執行裁判所において債権者の申立てるところに従い登記等により債務者の所有財産たることの証明されたものに対し競売開始の手続をするのである。そして、仮差押命令の執行についても、この点に関して差異を生ずべき特別規定は存在していないのであるからその理を異にするわけはないのである。ただ、債権及び不動産に対する仮差押の執行については、法律が迅速なる目的の達成を理念とする保全手続の要請に応えて仮差押命令を発した裁判所を同時に執行裁判所と規定したこと(民訴七五〇条二項、七五一条二項)及び仮差押の執行に対しては法定期間の制約があること(同七四九条二項)のために、実務上は仮差押命令の申請と同時にその申請が認容される場合を予想してその執行の申立が附加してなされるのが通例なのである。しかもこの場合、この申請と申立とは同一書面でなされるのが普通であり、またその申請事由と申立事由も必ずしも整然と区別して記載されることなく、本質上は執行の申立事項に属する執行の目的財産の指定ということが、恰も仮差押の申請事由に属するかの如き外観を呈しているものが少くはないのである。そして裁判所においても執行上の便宜から(同七五〇条三項、七五一条一項)、仮差押命令に執行の目的財産を特定掲記するのを通例としている。しかし、それにも拘わらず仮差押の申請と執行の申立の両者は、前述のとおり全く別個の手続に関するものであり、前者は裁判機関たる仮差押裁判所に対して、後者は執行機関たる執行裁判所に対してなされているのである。それ故仮差押裁判所が同時に執行機関たる資格を具有していない動産に対する仮差押の執行の場合には(同七五〇条一項)、執行の申立が仮差押の申請と同時になされることもなく、仮差押命令においても執行の目的財産を特定掲記されることなく、一般に「債務者所有の有体動産を仮差押する旨」の記載がなされているだけである。この事は執行の目的財産を特定することが、仮差押命令を発すべき要件を構成するものでないことを示唆するものであるが、実は債務者所有の有体動産云々と記載することさえ、本来債務名義としての仮差押命令の内容にはかかわりない法律上無意義なものである。なぜなれば、仮差押命令にかような指示が記載されていなくてもこれを債務名義として債務者所属の財産に対して仮差押の執行を申立て得ることは当然であるからである。元来、法律は仮差押の申請とその執行の申立とを必ず同時になさなければならないというようなことを強要してはいない。債権者はまず仮差押命令の申請のみをなし、債権者のために債務者の財産に対し仮差押をなし得べきことを内容とする仮差押命令を得た後において、民訴七四九条二項の期間内に、これを債務名義として任意選定した債務者の財産を指示してその執行の申立をなし得べきことは多言を要しないところである。また執行の便宜上仮差押命令の申請と同時に執行の申立をなした結果、特定の建物を執行の目的財産として掲記している仮差押命令が発せられた場合においても、もし当該建物がその執行前(仮差押の登記前)既に他に譲渡されその登記手続を了しもはや債務者所有の財産たることを有効に主張し得なくなつていたようなときは、債権者は前掲法定期間内である限り改めて債務者の他の財産を指示してその執行の申立をなすことができるのである。しかるにわが国の実際においては、旧大審院判例においても、仮差押の申請をなすに当つては債権者はその執行の目的財産を指示しなければならないかの如く考える向が少くはない。そしてそれらの論者は仮差押命令についても必ずやその執行の目的財産の如何に従つて有体動産に対する仮差押命令、不動産に対する仮差押命令等々に分別され、その指示された目的財産以外に対しては執行力なきものと考え、本来仮差押命令が民訴七四〇条一項の注文上明らかな如く請求と仮差押の理由との存在によつて成立し、具体的な執行の目的財産とは離れて抽象的、一般的、概括的に債権者のために債務者の財産に対し仮差押を許容することをその内容とするものたることを十分に理解していないのである。しかし、それは債権及び不動産に対する仮差押の執行の申立が仮差押命令の申請と同時になされるという前示実務上の慣例に眩惑されて、この両者の本質上の区別に対する明確な認識を欠いていることに基づく法の誤解に外ならないのである。

これを要するに、執行の目的財産の指示、その財産が果して債務者の所有に属するか否かというような事項は執行手続上の問題であり、それらの点に関する違法な民訴五四四条の方法に関する異議若しくは同五四九条の第三者異議の訴等により救済さるべきであり、仮差押命令に対する異議、若しくはこの取消手続において論議さるべきものではない。しかるに原審は、上告人が偶々仮差押申請と同時に附加してなした執行の申立において指定した本件不動産が債務者の所有に属しないとの事実を認定しただけでたやすく本件仮差押命令の申請を排斥しているのである。されば、原判決は違法であつて破棄を免れない。

よつて、上告理由に対する判断を省略し、民訴四〇七条一項に従い裁判官全員の一致で主文のとおり判決する。(なお念のために一言附加すれば、本件執行の申立は、仮差押命令の申請が許容された場合を予定してなされたものであるから、もし審理の結果右申請を排斥することとなつた場合においては、当事者も敢えてその申立を維持するものではなく、執行裁判所としても特にこの申立につき却下決定をなす必要はないであろう。)

(裁判長裁判官 入江俊郎 裁判官 真野毅 裁判官 斉藤悠輔 裁判官 岩松三郎)

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